孤独感は何を教えてくれるか|本質的に人生を変えるための孤独感との向き合い方

孤独感とは何か

「孤独感を解消したい」という悩みを抱える方は少なくありません。
詳細は割愛しますが、人間はそもそも孤独感を感じるようになっていますから、その悩みもある意味自然なものと言うこともできます。

孤独感を感じるかどうか?というのは外からの見え方とはあまり関係がありません。外から見ると一見、友達や家族に囲まれ、パートナーと順調のように見えていても孤独感を感じている人はいます。

それは裏を返せば、孤独感を解消するために「一人の時間を充実するよう趣味を見つける」とか、「積極的に出会いの場に出かける」と言った表面的な対処ではあまり意味がないということです。

孤独感を感じているのは今の自分

「孤独感から解放されたいんです!」というご相談をお受けした際、私はまず、こうお尋ねします。

「孤独感ってどこにあるんですか?」

すると、多くの方が胸のあたりをさして「ここらへんにあると思うんです」と言います。

「その証拠ってありますか?胸を切って開いたら、”孤独感”がポロっと出てくるんですか?」

こう尋ねると、「いや、、、そういうわけでは、、、」となります。

この話からも分かるように、孤独感そのものは、実際は存在しません。存在するのは、「ありもしない”孤独感”というものを、あるように感じている自分自身」だけです。

さらに言うと、孤独感を感じるのは「私は孤独」という信じ込みを発生させた原初の体験の記憶を、今の自分が意識の上で再体験しているとも言えます。(その原初の体験は、多くの場合、幼少期の親御さんとの関係にあることが多いです)。

「私は孤独」そう感じる体験があったのかもしれません。多くの人は「過去は変えられない」と言います。しかし、厳密には「過去」というものも存在しません。「過去を見ている今の自分」がいるだけです。

つまり全ては「過去の体験を持ち出して孤独感を感じている今の自分」がいるだけであり、その「今の自分」は一秒ごとに変化しています。過去の体験の記憶に対して、”私は孤独”という解釈をつけたままにしておくのか、古い解釈を捨て、新しい解釈をつけなおすかは、常に「今の自分」が決められます。

記憶を処置するプロセス自体はプロのコーチやカウンセラーに依頼した方が、人生全体を俯瞰して進められるのでより好ましいとは思いますが、そのような場合であっても、「今の自分の意識の状態は、自分で決める」という態度が重要になってきます。

何のために孤独感を解消するのか

「孤独感を解消したい」と願っていても、「孤独感を解消する」ことが目的になってしまうとうまくいきません。
(これは「病気をやめたい」と言うご相談の場合も同じです)

「孤独感を解消したい」という願いは、「何かを避けたい・逃れたい」という不安や恐れに動機づけられています。このとき私たちの意識は「●●を避けたい」と思えば思うほどその「●●」にフォーカスし、強化する現実を創る働きをします。孤独感から逃れたいと思えば思うほど、さらにその孤独感は強化されてしまうのです。

孤独感を解消するためには、「何のために孤独感を解消するのか?」という、その先にある目的を明らかにすることが必要です。実際、孤独感にしても病気にしても、「なんのためにそれ(孤独感や病気)を解消するのか?」その目的に気づいた人から、結果的に孤独感や病気から解放されます。

孤独感は悪いもの?

「何のために孤独感を解消するのか?」の目的を考える時、欠かせないのが「何のために、私は今まで、ありもしない孤独感を感じていたのか?」に気づくことです。

私たちは、自分が感じる感情に「良い・悪い」とジャッジしてしまうことがよくあります。
孤独感に対してもそうで、孤独感に「悪いもの」と言うジャッジをつけていると、「孤独感を感じている自分」に苦しんでしまうこともあります。

しかし実際は、感情もはじめ、すべての物事に「良い・悪い」というものは本当はありません。

「陰陽太極図」に表わされているように、すべての物事には必ず陽(良い面)と陰(悪い面)がセットで存在しています。孤独感に対してもそうです。怒りや悲しみ、嫉妬などもそうです。私たちは「悪いもの」と決めつけてしまうと、その裏に存在している良い面を見れなくなりがちです。逆も然りです。

孤独感の裏にある、良い面・素晴らしい面・感謝できることは何でしょうか?

宇多田ヒカルさんの「花束を君に」という歌の歌詞に、次のようなものがあります。

毎日の人知れぬ苦労や淋しみも無く
ただ楽しいことばかりだったら
愛なんて知らずに済んだのにな

孤独を感じるからこそ、人の愛に気づくことができる。
不足を感じるからこそ、満たされることの喜びを感じ、感謝することができます。

私たちが、本来はありもしない孤独感をわざわざ感じるようになっているのも、愛に気づくためなのかもしれません。このことが腹落ちして体感できたとき、世界の見え方、人生そのものが本質的に変化します。それに伴って、現実面でもその変化を知らせてくれるような出来事(人が優しくしてくれるようになったり、新たな出会いや再会があったり)が起こります。

 

この記事を書いた人

出口 稀一(でぐち・きいち)
トランスフォーメーショナル・コーチ
心理アドバイザー/児童心理アドバイザー

元行政職員。児童福祉司として児童相談所(虐待・非行担当)での勤務をはじめ、DV対策・人権同和対策等に従事し、延300人を超える市民の相談対応を行う。2013年に独立し、コンサルタントとして活動する傍ら、世界的に活躍する師のもとで人間心理、言語学心理、NLP(神経言語プログラミング)、LABプロファイルを学ぶ。

>>出口稀一のホームページ