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自分をゆるし、他人をゆるせば、すべてうまくいく

「自分をゆるし、他人をゆるせば、すべてうまくいく」

私が大切にしている言葉のひとつです。

「ゆるす」ことは、誰かとの関係を修復したり、自分を責めていた状態から楽になるというような、限定された場面にのみ影響するのではありません。

もしもあなたが、仕事(ビジネス)や恋愛、人間関係、病気など何らかの悩みを抱えているなら、それらは全て「何かゆるしていないことがあるよ」というサインとも言えます。

一見、無関係に見えるようでも、親や家族、その他の誰かを許していなかったり、自分自身をゆるしていないことが、仕事(ビジネス)や恋愛、人間関係、病気などの現実的な悩みを創り出すということが起きてくるのです。

このように、あらゆる体験において、ゆるすというテーマは深く関わってきます。今日は、この「ゆるす」というテーマで書いていきたいと思います。
  

ゆるせない誰かがいるあなたへ

誰か他人に対してゆるせない想いがある時、人は「被害者」になります。

人は2通りの生き方を選ぶことができます。それは、被害者の立場を取る生き方と、被害者という概念を存在させない生き方です。
  

あなたの許可なくして、誰も、あなたを傷つけることはできない。

エレノア・ルーズベルト(第32代米国大統領フランクリン・ルーズベルトの夫人、国際連合アメリカ代表、婦人運動家、1884~1962)

  
たとえば私は、過去に勤めていた会社で、「お前はザコだ」というような言葉で毎日人格否定されていた経験があります。この体験は結果的に、私が生き方を大きく変えていくターニングポイントになりました。

当初、私はその言葉を発した相手を憎み、自分は被害者だと思っていました。そして被害者の立場を取り続けている間は、どんなにそこから逃れたいと願っても、苦しい毎日が続きました。

関連記事:【潜在意識・体験談】人間関係がうまくいかない時の潜在意識にある根本原因と現実を変える方法

ところが、その言葉を”言わせていた” ”人格否定させていた”のは、自分自身だと言うことに気付くと、想像もつかなかった展開が起こり、現実がするすると変化していきました。

被害者の立場を抜けることは、現実を動かす力があるのです。

他人があなたに対してどんな批判や否定をしようと、あるいは”裏切り”のように見える行為をしようと、自分の中で、その現象に力を持たせるかどうかは自分で選択しているということを忘れないでください。私の場合も、「お前はザコだ」という言葉に意味を持たせていたのは私自身だったのです。

これは「心が強い/弱い」などという話ではありません。自分自身や他者(世界)に対してどのような立場を取るか?によって、人は強くもなり、弱くもなるということです。

被害者の立場を取ることは、自分自身の中で、相対的に他者の力を強め、相対的に自分の力を弱める方向に作用します。

逆に、「その現実を創ったのは自分自身だ」「相手にそのようなふるまいをさせたのは、自分自身だ」という立場を取ることは、人を本質的な意味で強くします。なぜなら、自分でわざわざ今の現実を創っていたことを認めれば、「自分で創った現実だから、自分で変えていくこともできる」という心理的な前提が生まれるからです。そして、その前提の通りに、現実が動いていきます。
  

「自分原因=自分が悪いと自分を責める」ことではない

このように、「その現実を創ったのは自分自身だ」「相手にそのようなふるまいをさせたのは、自分自身だ」という考え方を、「自分原因で考える」と言ったりします。ここで注意が必要なのは、「自分原因=自分が悪いと自分を責める」ことではないということです。

上記の私の事例だと、私自身の無意識レベルで自己否定があったからこそ、他人からの否定の言葉に力を持たせてしまっていたのです。

見方を変えればこの体験は、役に立たない自己否定感情に気づくための体験であり、自分が変わることで現実が動くことを身を以て知るための体験だったとも言えます。このような見方をすると、当時あれほど憎いと思っていた上司も、人生を変えるほど重要な気づきを与えてくれた感謝の対象にすらなります。

これが、ネガティブにとらえていた相手や体験そのものに対する「ゆるし」が起きている状態です。「ゆるし」とは、ネガティブにとらえていた相手や体験そのものの中に、感謝できることや気づきを見出し、「私の人生に必要があって起きていたのだ」と認めることです。
  

ゆるすとは、諦めることではない

「ゆるす」ことを考える時、私たちがよく誤解してしまいがちなことがあります。

たとえば、下記のようなもの。
  

  • ゆるすとは、どうしようもなかったと諦めることである
  • ゆるすとは、相手のしたことを正当化することである
  • ゆるすとは、自分の怒りや悲しみを抑えたり、無かったことにすることである
  • ゆるすとは、相手のためにするものである

  
これらはすべて、「ゆるしに対する誤解」です。

ゆるすことについて誤解している時、私たちは、ゆるしていない相手をゆるそうとすると悔しさや不条理な想いを感じます。
  

  • ゆるすとは、どうしようもなかったと諦めることではない
  • ゆるすとは、相手のしたことを正当化することではない
  • ゆるすとは、自分の怒りや悲しみを抑えたり、無かったことにすることではない
  • ゆるすとは、自分のためにするものである
  • ゆるすとは、目的のためにするものである

  
これらが、好ましい現実を創っていくために重要な、ゆるしに対する理解です。

この理解が腑に落ちていないと「ゆるすのは悔しい」という想いが出てきたりします。

ゆるすことは、相手のためではなく自分のためにするものであり、それは目的のためにするものです。あなたの目的の実現を、「誰かをゆるしていないこと」が阻んでいるとしたら、その目的のためにゆるすということです。
  

「自分をゆるせない理由」の中に、うまくいかない理由が潜んでいる

「ゆるし」の対象は、他人だけでなく自分自身も含まれます。私たちは無意識のうちに、自分をなんらかの基準やルールで縛り、その基準・ルールをやぶることや、過去にその基準・ルールをやぶった自分を、ゆるしていないことがあります。

たとえば、下記のようなもの。
  

  • 一般的な「ふつうはこう」(結婚適齢期や出産、仕事や収入など)から逸脱することを自分にゆるしていない
  • 他人と自分を比較して、負けることを自分にゆるしていない
  • 誰かに認められたり、尊敬されないことを自分にゆるしていない
  • 失敗することを自分にゆるしていない
  • 誰かに頼ったり、助けてもらうことを自分にゆるしていない
  • ”弱い自分””ダメな自分”をゆるしていない
  • 役に立てない自分をゆるしていない
  • 完璧主義で、完璧でない自分をゆるしていない
  • 本音を言うことを自分にゆるしていない

  
これらのような「自分に何かをゆるしていないこと」は、うまくいかない現実の根本原因となります。

たとえば結婚・出産というテーマにおいて、「何歳ぐらいになったら”ふつう”結婚していて、何歳ぐらいだったら”ふつう”子どもがいるべき」というルールで自分を縛り、そのルールから外れてしまうことに悩まれている方は少なくありません。

ではなぜ、このような「一般的なふつうはこうあるべき」から外れることを自分にゆるせないのか?

その背景をさぐっていくと、これは一例ですが、「”ふつう”からはみ出てしまった私は、存在価値がない」という想いが出てくることがあります。

この場合、重要なことは、潜在意識の観点から見ると、”結婚や出産できない現実”があるから、私は存在価値がないように感じるのではないということです。実はその逆で、「私は(ありのままでは)存在価値がない」という自己認識(セルフイメージ)があるから、”結婚や出産できない現実”を創り出しているのです。

このように「自分をゆるせない理由」の中に、うまくいかない理由が潜んでいることはよくあります。

そして、自分にゆるしていなかったことをゆるし、「私は(私の人生は)ありのままで価値があり、素晴らしい」という認識を思い出したとき、現実は動いていきます。
  

あなたはゆるすことも、ゆるさないことも選択できる

以上、ゆるしというテーマにおいて大切なことを書いてみました。

ゆるすことが正しく、ゆるさないことが正しくないわけではありません。あなたがこれまで、自分や他の誰かをゆるさずにいたことにももちろん意味があります。

そして、今この瞬間、自分の人生のためにゆるす・ゆるさないのどちらを選択するのか?は自分で決めていけるのです。

想像してみてください。

目的のために、ゆるすことを選択した10年後と、ゆるさずにいることを選択した10年後では、あなたの人生はどのような違いが生まれているのでしょうか?