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「子どもを愛せない親」という役割

とても大切なことなので誤解のないように、丁寧に書きたいのですが

過去に親御さんから虐待(身体的、心理的)を受けていた方からのご相談が増えていて、

児童相談所にいた頃からそういったご家庭を沢山見てきて、最近思うこと。

  
それは、

「子どもを愛せない親」を、社会が受け入れる時代がきているのではないかということです。

  
今、そういった人たちは社会から「親失格」と烙印を押されたり、「悪人」かのように人格そのものを否定される風潮があります。

  
僕も以前は、そういった親たちを「なんとかしなければならない」と思っていました。

  
でも、「何かを”良くないもの”と決め、それを取り除こう、解決しよう」とすればするほど、意識はそれを現実化させるのです。

  
社会が「子どもを愛せない親」を否定し、なんとかしようとすればするほど、「子どもを愛せない親」たちは自分を否定し、それを子どもに対する否定やコントロールという形で表現するでしょう。

  
そして子ども自身も、みずからの親を否定し「親のようにはなりたくない」と強く思えば思うほど、自分の中に親の姿を見て、否定することになるかもしれません。

  
「子どもを愛せない親」とは、その役割を担って存在している

と考えた方が、結果的に多くの人にとって幸福度の高い社会が創られていくのではないかと思うのです。

  
もちろんそれは、虐待を正当化するものではありません。

  
虐待を受けている子どもがいたら、全力で救い出すことが大人の役割です。

  
その大前提に立った上で、世界はなんのために「子どもを愛せない親」という役割の人たちを必要としたのか?という視点で見ていくことが大切なのです。

  
例えば、「子どもを愛せない親」が存在する一方で、たとえば僕らのように、自分の血の繋がった子どもをもうけることができない(それは自分の生き方の選択の結果でもあるのすが)人もいます。

  
それもまた、ひとつの役割。

  
以前、虐待を受けて実親のもとを離れ、里親さんのもとで育った小学生の男の子が

「僕には産んでくれたママと、育ててくれたママと両方いるからラッキーなんだ」

と話していたことがあります。

  
「血の繋がり」を感じる体験の素晴らしさももちろんあるでしょう。

  
そして「血」とか「戸籍」といった概念を超えて育まれていく繋がりにもまた、素晴らしさがあります。

  
答えは一つではないけれど、「子どもを愛せない親」の存在によって、血や戸籍を超えた愛を体験する人たちも存在するなら、そこに一つの意味を見出すことができる。

  
そしてその意味を、ひとりひとりが自分で見つけていくことが、世界をもっと豊かな場所に変えていくのだと思うのです。