デヴィッド・R. ホーキンズ博士「パワーか、フォースか」で提唱されている17段階の意識レベル研究家_トランスフォーメショナルコーチ®宮川直己(出口稀一)のサイトです

大切な人にがっかりされることから自分の人生が始まる

自分にとって大切な誰かに「がっかりされること」が人生が変わるきっかけになることがある。

 

今日はそんな話をしていきたいと思います。

 

これまでの人生で親やパートナー、上司やメンター、友人、お客さんなど、大切な誰かの期待に応え続けてきた人、応えるために必死に頑張ってきた人もいると思います。

 

それによって相手から認めてもらえたり、愛されたり、自分自身の存在価値を見出すこともできたかもしれません。

 

だけど、その成功体験に長く支えられ続けているといつしか、その支えを失うことがとても怖くなる。意識的にも、無意識的にも自分らしく在ること、自分の思いに従って生きることよりも相手の期待に応えることを優先するようになる。

 

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僕も30代半ばまでは親や上司、同僚の期待に応え続ける人生でした。もともとそれなりに要領はいい方だったし“真面目にやってる風”に装うことも得意でした。

 

一方で、本質的な賢さや魅力は自分にはないと思っており、誠実ないい人を演じることによる加点で総合的な評価を高める戦略を、わりと意識的にとっていました。その戦略は成功して、ときどき自分でも驚くほど僕のことを買ってくれる人がいました。それは僕の虚栄心を満たしてくれたし、仕事上の実利もありました。

 

謙虚な人を演じていれば人から責められず、責任を回避できることも多かったから、向き合うべきことからも自覚的に逃げることもできていました。でも、それをするほど自分は弱く小さくなり、苦しくもなっていました。

 

そんな僕がコーチとして活動を始めた頃、仲良くしてくれていたコーチ仲間がいました。その人はコーチとしては先輩で、すでに本を出していたりカリスマ的な存在でファンも多く、そんな人に認めてもらえたことで僕はまたしても虚栄心を満たされることに成功していました。

 

とはいえ対等な関係とは言いがたく、我の強い彼女の主張を僕がいつも聞き役に回る、ジャイアンとスネ夫みたいな関係性だったと思います。

 

あるとき、僕がフェイスブックにあげた投稿が、彼女のプライベートな悩みにリンクしてしまい、激怒させるという事件が起こりました。投稿には彼女から怒りの長文コメントがつき、それだけで収まらなかったのか直後に、改行なし20cmぐらいの長文で怒りがびっしりと詰まったメッセージが届きました。

 

最初は戸惑いましたが、こちらの事情も聞かず一方的に怒りをぶつけてくる態度に僕もイラッときて、
「長すぎてちょっと何言ってるかわからないので3行にまとめてもらっていいですか?」
と返しました(我ながらひどい煽りです笑)

 

これが火に油を注ぎ、彼女から
「出口さん、そんな人とは思わなかったです。残念です」
と言われ。

 

その後何度かやりとりをした挙句、お互いブチ切れたまま絶交宣言(子どもか)

 

ですが2時間ほども経つと僕も落ち着きを取り戻しました。確かに配慮が足りなかった部分もあったなあと思い直して彼女に謝罪し、投稿も削除しました。僕の謝罪を彼女も受け入れてくれて一応の仲直りはしました。ただこの一件から彼女とは疎遠になり、以降、もう5年以上全く連絡を取っていません。

 

でも、振り返るとこの出来事は、僕をとても自由にしてくれたかけがえのない体験だったなあと思います。

 

誰かと喧嘩をして感情のままに言いたいことを言い、その後、悪いと思ったらごめんなさいを言う。そんな子どもでもできるような当たり前のコミュニケーションを、僕は今までの人生で経験したことがなかったのです。

 

いつも相手からの評価を恐れ自分の思いを飲み込んできた僕が、相手にがっかりされてでも自分の思いを表現できたことは、とても清々しくもありました。その時に、初めて自分で自分を認めることができたように思います。

 

この一件以降、僕は少しずつですが相手の反応を恐れず言いたいことを言ったり、感情を素直に表現することができるようになりました。それで離れていく関係もありましたが、そんな自分を信頼してくれる人も現れ、率直に思いを伝え合い、ゆるしあい高め合う関係が新たに築かれていきました。

 

自分で自分を認めていれば、他人からの評価や承認、賞賛を使ってそれをする必要はない。

 

逆にいえば、他人を使って自分を認めようとするのをやめれば、自分で自分を認められるようになるというのもまた真である。

 

それが、「自分を生きる」ということだと思います。

 

あなたには、「絶対にこの人からの期待を裏切りたくない」と強く思う相手はいますか?

 

あなたが理想に向かって変容を遂げていく時、今までと変わらぬあなたでいてほしいと願う人の期待を裏切ることが必要な場面もあります。

 

「あなたはそんな人ではなかった」
「残念だ」
と、大切な誰かにがっかりされることが起きたなら、それはあなたが自分の人生を生き始めた証とも言えるのかもしれません。