デヴィッド・R・ホーキンズ著「パワーか、フォースか」の意識レベル理論を実生活で活かす方法をお伝えしています

選択基準を自分で選ぶー本音、損得、罪悪感、自己否定、恐れのどれを使うのか

日々の食事(食べることを選んだもの)で僕たちの体は作られる。

 

食事だけではなく、生きることはあらゆる選択の連続で、その選択によって人生が作られていく。

 

今日、どんな服を着るのか。

誰かに伝えたいことがある時にどんな言葉で伝えるのか/伝えないのか。

誰かに何らかの言葉をかけられた時にどんな言葉を返すのか/返さないのか。

書店で気になる本を見かけた時に手に取るのか/取らないのか。

やってみたいな、と思えることに出会えた時にトライするのか/しないのか。

 

こういった無数の選択の結果が、「今」目の前に現れている。

 

そして人は特に意識しなければ、いつも同じ「選択基準」を使うことを繰り返します。例えば、人間関係におけるふるまいや発言を選択する際に「損か、得か」の基準を常々使っている人は少なくない。

 

「人間関係で損得の基準を使っている」というとなんだか嫌な人のように感じるかもしれないけれど、

「愛想笑いをする」とか

「大して仲良くもない人の誕生日におめでとうメッセージを送る」とか

「本音を言わずに相手が喜びそうなことを言う」とか

「好きな人よりも年収が高い人を結婚相手に選ぼうとする」

などと言ったことは誰しも一度や二度、経験したことがあるのではないかと思います。

 

ある程度、円滑に社会生活を営んでいくためには「損得」も必要な判断基準です。

 

この「損得」だけではなく、僕たちが様々なものごとを選択する基準はいくつかあります。

 

ざっくり分けると、

本音/損得/罪悪感/自己否定/恐れ

この5つ。

 

例えば職場で直面している課題への対処を選択する時にも

「本当はこうしたい」と本音に従って選択するのか

「本当はこうしたいけど、上司ににらまれると困るからやらないでおこう」と損得勘定から選択するのか

「本当はこうしたいけどみんな我慢してるんだからワガママ言っちゃいけない」と罪悪感から選択するのか

「本当はこうしたいけど自分にはできっこない」という自己否定から選択するのか

「本当はこうしたいけど失敗するかもしれない」という恐れから選択するのか

などのように、何を選択基準に置くかによって選ぶ答えが変わってくる。

 

※ひとつの選択において複数の基準を使うこともあります。

 

日々の選択が僕たちの人生を作るのだとしたら、その選択の奥にある基準は「人生の鋳型」となるもの。

 

この、「選択基準=人生の鋳型」は多くの場合「無意識に選ばされている」けれど、これに自覚的になることがすごく大事だと思います。自覚的になることで、「選ぶ」ことができるし、「選ぶ」ことで自分の人生をどの方向に向かわせるのかを自分で決められるようになるからです。

 

僕自身は(無自覚でしたが)昔から、大きな(重要な)ことほど本音で選び、小さなことは、本音以外の基準で選んできたと思います。大きな(重要な)ことというのは、起業を決断した時やコーチングを仕事にすると決めた時、高額の講座に参加する時、友達や恋人など誰と付き合うのか、などのようなことです。

 

本音、損得、罪悪感、自己否定、恐れ。どの基準で選んでも必ずリスクがあります。僕は自分にとっての大きな選択を本音を基準に選んだことでずいぶん痛い目にも会ったし、命を削るような経験をしたこともあります。

 

それでもやっぱり、自分にとって大切なこと、重要なことを選択する際にいつも本音を基準にできたことが、人生を素晴らしく彩りのある場所にしてくれたのも事実です。

 

いつも本音を基準に選ぶことだけが正解という訳ではないと思います。僕自身も損得や罪悪感、自己否定や恐れから何かを選ぶことは今でもあります。

 

でも、人生を変えていきたいと願う時、行き詰まりを感じた時には

「自分がどんな基準を使って今、目の前のことを選択しようとしているのか」

「生きたい人生を生きるために今、どの選択基準を使うべきなのか」

この問いを、自分自身に使ってみてほしいのです。

 

遠い未来に憧れを持ってイメージングをすることも一定の効果はある。

 

でも今、目の前にある選択を変えていくこと以上に人生を変える力を持つものはない。

 

僕はそう考えています。