デヴィッド・R・ホーキンズ著「パワーか、フォースか」の意識レベル理論を実生活で活かす方法をお伝えしています

「自分に優しくする」と「甘やかす」の違いは何ですか?

先日、起業にまつわる悩みや疑問を解決するオンラインお茶会を開催しました。
これから起業を目指す方から25年目の大ベテランの方まで、様々なステージの方にご参加いただき大いに盛り上がりました。
いただいたご感想の一部をご紹介しますね。

 

◎どの気づきも核心をついていて驚く事なのにとても心地よく、よく分かっていただいている、不思議だなぁと思いました。
何でわかるのと思いながら有意義でとても楽しい時間を過ごすことができました。

 
◎なぜこの質問をするのか?とか、手法?の目的を明確にしてくださってたのもわかりやすかったです!

 
◎ハードルを高くすることだけが全てではなくて、ちょっとだけ今までと違うアプローチを工夫してみる、それの繰り返しがチャレンジとか成果に繋がるんだなぁと思いました

 
◎宮川さんの話し方、言葉の選び方も勉強させて頂きました。

 
◎今自分が何をすればいいのか、自分がどのような状態なのかがわかり、迷わず進めることの心地よさを感じております。

 
◎自身の悩みについても、いただいたアドバイスで心強くなった気がします。

 
◎一対一のセッションでは気付けないような質問と回答を聞けてよかったです。 

 
>>ご感想の全文はこちらから

 

今回は「お茶会」というライトなネーミングでしたがわりとガッツリなグループコンサルになりました。

 

初めましての人どうしが顔を合わせる場で、悩みを打ち明けるのはとても勇気がいること。でも、今回集まってくださった皆さんが、その場にいたみんなを信頼して心のうちをオープンにしてくださったおかげでとても良い時間が共有できたと思います。ありがとうございました!

 

「自分に優しくする」と「甘やかす」の違いは何ですか?

今回のお茶会でこんな↑ご質問をいただきました。

 

僕も常々、自分に優しくしよう、自分と仲直りしようということをお伝えしていますし一般的にもそのように言われる機会は多いですよね。だけど、自分に優しくしているつもりがただ甘やかしてるだけなんじゃないか・・・そう心配になる方もいらっしゃるかもしれません。

 

では、「自分に優しくする」と「甘やかす」の違いは何ですか?
この質問に対して僕はどのように回答したかというと

「それらを区別しようとしないでください」

このようにお返事をしました。

 

そもそもなぜ、「自分に優しくする」と「甘やかす」を区別したくなるのか。

 

このような疑問を抱く方はおそらく、自分に優しくすることで何らかの良い結果につながれば「自分に優しくした」と解釈できるのだと思います。逆に、自分に優しくしても結果に結びつかなければ「自分を甘やかした」という解釈になるのでしょう。

 

つまり「結果ありき」で

「自分に優しくすることで何か良い結果に繋がるなら優しくしようと思うけど、そうでないなら優しくしても意味がない」

もっというと

「結果が出ないなら、自分に優しくするよりも逆にもっと自分に厳しくしなければいつまでも結果を出せないままだ」

このように考える方は少なくないと思います。

 

でも、ちょっと考えてみてほしいのです。自分以外のほかの誰かに優しくするとき。この人に優しくしたらそのあと何か良いことがありそうだからとか、何かが返ってくるとか、そういった結果を期待して優しくすることってそんなに多くないんじゃないかと思います(0ではないかもしれないけど)。

 

ほとんどの場合、純粋に目の前の相手を大切に思いやる気持ちから、相手に優しくすることが自分の心を温かくさせるから、優しくすることが多いはず。なぜなら人間はそのように“設計”されているからです。人間にとって誰かに優しくすることはそれ自体が喜びであり、それ自体に価値があるのですね。

 

だから自分自身に対しても他人に対するのと同じように、「優しくしたからどうなる」という結果を考えずただ、今の自分自身に対して優しいまなざしを向けてほしいのです。

 

結果を期待せずにただ純粋に自分に優しくしていれば、【結果的に】それが自分自身をエンパワーメントし、良い結果がもたらされることは起こります。僕はそんなクライアントさんの姿をたくさん見てきました。

 

でも、それはあくまでも【結果的に】そうなるのであって、それはおまけみたいなものです。

 

自分の想いを知らなけば自分に優しくすることはできない

人に対して優しくするためには、相手の想いや願いを理解する必要がありますよね。相手が望んでないことを「ほら、これがあなたのためだから」といって差し出すのは押し付けでしかありません。それと同じで、自分に優しくするためには自分の想いや願いを耳を傾ける必要があります。それをやって初めて自分に優しくすることができるんですね。

 

自分の本当の想いや願いに耳を傾けて、それを叶えてあげようとするとき「でも」「やっぱり」という声が聞こえてくる時もあるかもしれません。そしてそれは自分以外の誰かの声だったり(世間の常識など)、恐れから生まれる想いなのかもしれません。そしてもちろん、そういった自分以外の誰かの声や恐れから生まれる想いに影響されることがダメなわけではありません。

 

ただ、自分の本当の想いや願いと自分以外の誰かの声、恐れから生まれる想い。これらを区別できるようになっておくことはとても大切です。区別できれば、選ぶこともできるからです。

 

自分の本当の想いや願いを知り、自分に優しくしてあげること。それ自体がすばらしい体験でとても価値のあること。

 

もっと多くの人たちにそう思ってみてほしいなということを、最近よく感じています。