僕は今から10年ほど前まで、児童相談所で虐待相談担当のケースワーカーをしていました。虐待と確認されたご家庭の親御さんに対して、「それは虐待ですよ」と伝え、虐待(環境)が解消されるようサポートしていく役割です。
当然、虐待しようと思ってする親はいませんから、歓迎されない存在です。特に僕が担当していたご家庭の中には「モンスターペアレント」と呼ばれるような方々も少なくなかったため、どう関係を築いていくのか日々、悪戦苦闘していました。
「どうすればこちらの言うことを聞いてもらえるだろう」
「どうすれば心を閉ざされたり怒られたりせず、関係を維持できるだろう」
ということを毎日考えていました。
つまり、「どうしたらこちらの期待どおりに相手をコントロールできるか」を考えていたのです。
そんな頃、僕がとても尊敬していた先輩ケースワーカーからひとこと、こんなアドバイスをもらいました。
もちろんこの「勝ち」とは勝ち負けではありません。その家庭への支援がうまくいくということです。そのアドバイスをもらってから、僕は「どうすればお母さん(お父さん)に自分の生い立ちを語ってもらえる関係になれるだろう?」と考えるようになりました。
すると自然に親御さんの立場でものを考えるようになります。
親から見た児童相談所(僕)
親から見た子ども
親から見た学校
親から見た社会
親から見た親自身の人生
それらはどんなふうに見えているのだろう?
そんなことを考えながら沢山の親御さんと関わっていると、
「私ももっといいお母さん(お父さん)になりたかった。幸せな家庭を作りたかった」
「だけど、そんな生き方を知らないし、できないのが悲しい」
そんな思いを親御さんの言動の端々から感じ取るようになりました。
直接的な言葉でそう言われたわけではないので、僕の思い違いかもしれません。あるいは今思えば、僕自身の思いの投影だったのかもしれないとも思います。
ですがそれ以降、親御さんとの関係は驚くほど変わっていきました。
学校や関係機関などとトラブルを起こしてばかりの難しい親御さんでも「宮川さんなら」と話をしてくれて、こちらの提案を受け入れてくれることも珍しくありませんでした。むしろ僕の方が、そういった親御さん達に対して心を開いていたようにも思います。
自己啓発書のベストセラー「7つの習慣」の中に
という習慣があります。
僕たちは人間関係に不満を抱えるとき、相手に対して
「自分の気持ちをわかってほしい」
「なぜ、わかってくれないのか」
という思いを抱くものです。
ですが、人の心理には「返報性の法則」が働きます。(もらったものを返したくなる心理)
「わかってほしい」という思いを相手に向ければ相手からも同じものが返ってくる。つまり、お互いに「わかってほしい」をつきつけあいコミュニケーションは平行線をたどってしまうのです。
この状況を打開するためにはまず先に、「あなたの気持ちをわかりたい」を相手に向ける必要があります。「あなたの気持ちをわかりたい」を先に向けて、相手の話に耳を傾けていると「あなたの気持ちをわかりたい」が返ってくる。ここではじめて、お互いに「わかりあう」人間関係が築かれていきます。
これが「まず理解に徹し、そして理解される」という言葉の意味です。
ただし注意が必要なのは、これは「自分の気持ちを我慢して相手を優先することではない」ということ。相手の気持ちを理解したあとに、自分の気持ちを言葉で伝える。その上でもしもお互いに相容れない部分があったら、両者の思いを叶える別の方法がないかを一緒に考える。
気持ちを聞く「順番」を変えながら、自分の気持ちも相手の気持ちもひとしく大切なものとして扱うことが重要なのです。
お互いにわかりあおうとすることを諦めて、我慢や不満を抱えたままの関係でいると早晩、どこかに不具合や爆発が生じます。その不具合や爆発が関係を再構築するきっかけになることもありますが、その場合も「わかりあう」コミュニケーションがなければ同じことのくり返しになるものです。
まず理解に徹し、そして理解される。
パートナーとの関係、親子関係、職場の人間関係で悩んでいる方はこの習慣に取り組むことが現状を変えるきっかけになるかもしれません。