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なぜ、相手を怒らせたことの責任を取ってはいけないのか?

自分の発言やふるまいで、誰かが怒ったり不機嫌になってしまったとき。

 

そんなとき、「私が悪いんだ」
そう思って自分を責めてしまうことはありませんか?

 

「だって私が言ったこと(やったこと)で相手が不機嫌になったんだから、私が悪いでしょ?」

そう感じる方も多いかもしれませんが、この考え方ってとても自分を苦しくさせるし、不自由にしてしまうんですね。

 

人が不機嫌になる時、その原因はどこにあるのか

たとえば会社で、成果が芳しくないスタッフが上司から指導を受けたとします。

 

この時、上司からの言葉かけが全く同じものであっても

「上司は私のためを想って怒ってくれているんだ。期待に応えられるようがんばろう」

と反応する人もいれば、

「上司は私のことが嫌いだから怒ってくるんだ。やる気なくすなあ」

と反応する人もいます。

 

この反応の違いは主に、その人のセルフイメージや世界観(世界をどのような場だと見ているか?)から生まれます。

 

「私は愛されている」「私は価値がある」「世界は私の味方だ」というようなポジティブなセルフイメージや世界観を持っている人は、他人からの言葉やふるまいに対して、ポジティブに反応しやすくなります。

 

逆に「私は愛されない」「私は価値がない」「世界は敵だ」というようなネガティブなセルフイメージや世界観を持っている人は、他人からの言葉やふるまいに対して、ネガティブに反応しやすくなります。

 

つまり、誰かからの言葉やふるまいに対して感情的な反応が起こるとき、その根本原因は反応している人自身の中にあるということです。

 

ですから、もしもあなたの言葉やふるまいによって誰かが怒ってしまったり不機嫌になったとしても、その根本原因は相手の中にあるのであり、それは相手が乗り越えるべき課題と言えるのですね。

 

このように、「相手の反応の仕方は相手の中に原因があり、私はコントロールすることはできない」と知っておくことは、人間関係に悩まれている方にとってはとても大切です。

 

その前提がないと、「相手の怒りや不機嫌の責任は自分が取るべきもの」になってしまうため

「人を怒らせてはいけない」
「人を傷つけてはいけない」

という想いが強くなります。すると人との関わりに対して恐れが生まれ、言いたいことが言えなくなったり、やりたいことができなくなってしまうのです。

 

逆の立場も考えてみましょう。

 

自分が誰かの言葉やふるまいによって怒りを感じたり、不機嫌になってしまった時。

 

「自分は被害者」で「相手のせいで私は不快な感情を味わっている」僕たちはそう思いがちです。

 

こんな場合も

「だってあの人が言ったこと(やったこと)で私が不機嫌にさせられたんだから、あの人が悪いでしょ?」

そう考える方が多いかもしれません。

 

でも、そのような立場を採用すれば、人は自分が機嫌よくいられるかどうかを自分で決められなくなってしまいます。

 

「自分の人生なのに、自分が機嫌よく過ごせるかどうかは他人次第」って、なんだか不自由だと思いませんか?

 

人にはそれぞれ意志がありますから、他人はあなたの機嫌を取るために動いてはくれません。そんな他人に自分の機嫌を左右される人でいれば、心理的に安定しづらい人生になってしまうでしょう。

 

それよりも、自分で自分の機嫌を取る。自分が機嫌よくいられることに自分で責任を持つ。そう決めてしまえば、自分の人生を心地よくいるかどうかを自分で選ぶことができるので、人生が心地よく安定しやすくなるのですね。

 

誰かのふるまいや発言によって、あなたが不機嫌になったり怒ってしまった時、その責任はあなた自身にある。

 

逆にあなたのふるまいや発言によって、相手が不機嫌になったり怒ってしまった時、その責任は相手にある。

 

この考え方を腑に落とすことが、言いたいことを言い、やりたいことをやり、心地よい人生を安定させていく鍵になるのです。

 

もちろん個人の状況によっては、自分を傷つけた相手にしっかりと怒りを向けることが必要な時期にある人もいます。でもそうやって誰かに怒りを向け続ける時間が長くなるほど、自分自身を苦しくさせることにもなります。そのような方は、被害者の立場を十分に経験したそのあとに、自分のために次のステップに進んでいくことが大切です。

 

それがその時のあなたの最善だった

人はどんな人でもその瞬間、瞬間を精一杯に生きていて、その時の最善を尽くしています。

 

手を抜いたり怠けたりしているように見えても、それは表の意識(顕在意識)でそう解釈しているだけで、潜在意識の視点でみれば、やっぱり精一杯で最善なんですね。

 

もしも結果として、あなたが誰かを怒らせたり不機嫌にさせることがあったとしても、その時々のあなたは精一杯を考えて、行動していたはずです。あとでふり返ってそれが間違いだったと悔やむようなことであっても、やっぱりそれがその時の自分にとっての最善だったのです。逆に言えば、あなたにできるのはそこまでだし、それ以上のことはできないのです。

 

だからこそ、相手の怒りや不機嫌の責任を取ろうとしないこと。それで自分を責めたり否定しなくてよいのです。

 

それよりも、まず自分を機嫌よくさせることに責任を持つということ。

 

そちらに全力を注いだ方が、自分自身も周りの人もより心地よく幸せでいられます。